成功した海外の半導体製造装置メーカーASMとは?
ASM(エーエスエム)。半導体製造業界でこの会社を知らない人はいないだろう。半導体とよばれる電子部品を作る為の装置を作っている業界最大手のメーカーである。
2000年頃まで、世界の半導体製造装置市場は、日本メーカーの独擅場(どくせんじょう)だった。それが、2000年前半から、徐々に海外製に押されてしまい、いつの間にか日本メーカーは市場を奪われてしまっていた。特にこのASMに市場を奪われた日本メーカーは多い。
装置産業というのは利用者であるユーザーがいる場所で発展する。半導体産業の生産拠点は、日本から、韓国・台湾に移り、今は中国や東南アジアが生産の中心地である。中国、東南アジアの現地装置メーカーが強くなるのは、しかたのない事である。しかし、驚くべきことに、このASMはアジアの企業ではないオランダ企業なのだ。
地理的には、ある意味日本より不利な水車とチューリップの国のオランダの企業が、どうやって中国、東南アジア市場で勝つことが出来たのか?ASMの戦略を知ることで、日本メーカーが目指していく方向性が見つかるような気がする。
現在のASMは、分野によっては日本企業より優れた技術を持っているが、本当の強さはビジネスモデルにあると言われている。
自社の得意なところと不得意なところを明確にし、市場に合わせた装置を安く作るシステムを構築したASMは、日本メーカーにはない以下の3つの特徴があった。
オランダの装置メーカーASMが中国市場で日本メーカーより成功した3つの要因
1.日本メーカーと同じ土俵で戦わない
ASMは、ターゲットの顧客に対して四の五の言わず、まず無料でデモ機を入れ自社技術者を送り込み、内部から攻略する作戦を徹底的に行った。たとえ日本製より性能が劣るとしても、無料でデモ装置を貸し出し、しかも技術者を張り付け生産サポートまで行った。
これにより、ASMは、高い技術力を持つ日本メーカーとの直接勝負を避け、自社装置を顧客に入れる事が出来た。尚、この無償デモ機⁺技術者を送り込むというASMの戦術は、顧客と接している現場担当者に十分な予算と強い権限を与えないと失敗する可能性が高い。縦割りで意思決定に慎重な日本メーカーが最も苦手としているやり方である。かつてオランダ海上帝国としてアジアの植民地支配を行っていたオランダ人は、そもそも現地担当者のコントロールが日本人より上手なのかもしれない。
2.装置をモジュール化し汎用性を追求する
顧客の要求仕様に合わせて忠実に専用機を作り込むことが得意な日本メーカーに対して、ASMは真逆である装置の標準化に注力した。まず、基本のプラットフォームを定め、そこに搭載する各ユニットをモジュール化し、それぞれのモジュールを最適な場所で製造し、最後に合体させて一つの装置とした。
これにより、短納期、低価格を実現できるだけでなく、納入した装置に多少問題があっても、不具合のあるモジュールを外して新しいものに取り換えるだけで済むようになった。また、品種交換の段取り替えも微調整が不要となり、日本メーカーより簡単に行えるようになった。生産ラインの停止を極端に嫌う半導体製造において、モジュール化した装置は、現場技術者の負担が減る。
また、装置を作るASM側としても、装置のバァージョンアップや新製品対応において、ベースとなるプラットフォームを活かすことができるので、一から装置を設計し直す必要が無くなる。急激に産業が発達した中国や東南アジアには、装置を使いこなせるベテラン技術者が少なく、それでありながらOEMメーカーとして多品種対応が必要だった。価格が安くモジュールを変えれば新しい品種に対応できるASMの装置が喜ばれるのは当然であった。
3.固定概念を無くし顧客視点でものを考える
当時を振り返りって日本メーカーが情報不足だったとは思えない。むしろASMよりも情報は多く持っていた。しかし、多くの日本メーカーは、装置作りにあたって顧客視点ではなく自社視点で考えていた。確かに当時のアジアの顧客は日本の技術者よりも知識が少なくこちらから教えなければいけない事が多かった。
一方、ASMの装置作りは顧客から答えを導き出していた。無料でデモ機と技術者を貸し出すことは、短期的には出費が多い。しかし、本当に顧客が必要な装置を知るには、生産現場に入り込むしか答えは見つからない。
昔、韓国企業が冷蔵庫に鍵と停電用バッテリーを付けてインドでヒットしたが、このような製品を作るには、固定観念を捨てて顧客の意見に従う姿勢がなければ実行に移せない。その点、ASMは徹底的に顧客に寄り添って装置を作っていた。
まとめ
日本の装置は、一つ一つの部品を丁寧に作り、検査をした上で一点一点決められた手順で丁寧に組み上げていく。完成した装置は、高品質でトラブルが少なく、使えば使うほど良さが判る素晴らしい装置だ。
一方、ASMは、日系メーカーが得意とする長い経験と職人的なモノづくりでの勝負を避けて、顧客に寄り添い知識を吸い上げて活用する戦略を選んだ。そして、アジア市場を攻略する上で、彼らが見つけた答えが装置のモジュール化であった。
全ての技術を自社で抱え込むのではなく、必要な技術は外部から導入し、一つの完成した装置にまとめ上げるシステム作りに注力した。日本が良い装置の答えを内に求めたのに対し、ASMは外にその答えを求めたとも言える。
では、日本もASMの真似をして外部のリソースを積極的に活用しモジュール装置を作るべきなのか?正直私は、ASMのビジネスモデルは、オランダ人だからできたのだと思う。思想的に異なる人達と提携しお互いに意見を言い合って協力しながら一つの製品を完成させるのは、島国の日本人が得意な分野でない。不得手な分野に手を出すのは勉強にはなるが、成果は出にくい。
それよりも、見方を変えて、日本のような擦り合わせ型の装置を作れる国は少ないと考えた方が良い。不慣れな海外のビジネスモデルを真似るよりは、日本にあったビジネスモデルを考えた方が良いと感じる。そして、具体的な戦略を自社ではなく顧客の中に求めればきっと活路が開けると信じている。