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中国在住の日系企業で働く中国人Aさんから頂いたメール(本人の掲載許可済み)

私は1999年、日本語国際等級試験1級の資格を取得した後、以来ずっと日系企業で働いております。

当時の初任給は、日本円で約3.5万円程だったと記憶しています。いまでも鮮明に覚えているのは、2003年に発生したSARS(重症急性呼吸器症候群)です。
その時は、日本本社からの指示で、中国スタッフ全員が会社で使っている大きなデスクトップPCを自宅に持ち帰り、家で仕事をしました。その時の給料は、日本の本社から直接、私の口座宛に送金してもらいました。
その時の、月給は約4万円でしたが、普通の中国企業で働いている友人たちよりも給与が高く、日系企業で働くことが誇らしくもありました。

様子が変わったのは、2005年を過ぎたあたりからです。
中国経済が急激に発達し、『世界の工場』と呼ばれていた中国が、自らの力で製品をつくるようになりました。それにともない中国企業で働く人たちの給与待遇がどんどん改善され、日系企業は、中国人スタッフの人件費高騰から、次々と製造工場をベトナムなどの国へ移しました。

気付いたときは、日本企業で働く魅力の一つである『年功序列』体制が崩壊し、日系企業に勤務していた中国人スタッフの失業率が上がりました。そして、給与も中国企業で働く友人たちより低くなってました。一緒に、日系企業で働いていた友人たちの中には、安定感もなくなり、給与も上がらない中で、日本独特の企業文化のストレスに嫌気が差し、転職する人が出てきました。

日本人の人はあまり知らないと思いますが、日中戦争の原因で、中国人の中には、私たちのように日本語を話して日系企業で働く中国人を「漢奸」とからかう人がいます。その人たちに言わせると、私たちは、自国の利益を裏切る人に見えるらしく、好感がもてないそうです。
そして、もっと残念なことは、働いている日本人からも、中国人ということで信頼をしていただけない場合が多いという事です。私たちは、仕事上で中国人と日本人の間に挟まれ、両方から叩かれる気まずい存在になっております。

先日、私の知り合いの先輩が、大学を卒業してずっと務めていた商社を47歳でリストラされました。何か悪い事をしたのではありません。日本企業の役に立とうと一生懸命に働いてきたにもかかわらず。会社の都合でリストラされてしまいました。その先輩は、会社を辞めた後、『日本人は、LIVE AND LET LIVE(活かし活かされる)という人間味を失ってしまった。』と言って涙を流していました。日本人にも守るべき生活があり家族があるように、中国人の私たちも同じなのです。

今、日本の企業で働く事はとても不安定です。とくに日系の商社は、人材の流動性がとても激しく、一人前の商社マンになった頃に突然リストラになります。私たちの間では、冗談でTrading companyではなく、Training Companyだと言ったりします。

最近、日系企業に対して一つ気になることがあります。それは、対外的には、「社会責任」や「社会貢献」などと言っているのに、実際に、海外スタッフには安定的な生活をあたえず、使い捨てのようにする場合があるという事です。嘘の言葉は、使わない方が良いと思います。

今、私の月給は18万円(18年間働いたから、1年間1万円の計算)です。29歳になる大学の女性後輩は、日系大手銀行に勤めていたときは月給20万円でしたが、先日中国の興業銀行に転職し、月給は40-50万円になり、ボーナスもびっくりするほどもらっています。もはや、日本企業で働く必要はないと彼女は言います。

中国の諺(ことわざ)で、男怕干错行,女怕嫁错郎(nán pà gān cuò xíng ,nǚ pà jià cuò láng)という言葉があります。

意味は「男として、一番怖いことは、間違った仕事をを選んでしまう事、女として、一番怖いことは、能力ない旦那さんの花嫁になること」です。

今、私は、日本語を覚えて日本企業で働く道を選んだことが正しかったのか疑いをもっております。
そして、奥さんは、日系企業で働く私を選んだことを悔やんでいると思います。