日本人より多様な中国人

中国人と商談をしていると、出身地によって人の気質が大きく異なることを感じます。

日本人より商売がうまいと思う地域があれば、誠実に対応する人が多い地域、お酒を飲むことで関係が深まる地域など色々あります。

約13.8億人が暮らしている中国は、一つの省で一国に匹敵する人口を有しており、私たち日本人が想像している以上に地域差があります。

中国人とのビジネスに驚いたり戸惑うときは、地域による気質を頭に入れて接すると、相手の考え方が理解しやすくなります。

目次

①北京人の気質
②東北人(黒竜江省,吉林省,遼寧省)の気質
③山東人の気質
④河南人の気質
⑤上海人の気質
⑥広東人の気質
⑦福建人の気質
⑧河北人の気質
⑨江蘇人と浙江人の気質

スポンサーリンク

①北京人の気質

北京市について

北京市(ぺきん・Běijīng)は、中華人民共和国の首都。中国北部地方の代表都市であり常住人口は、2016年末時点で2,172万人。碁盤目状に整備された街は、整然かつ雄大。故宮を代表として古い建築物には、風格が漂っている。北京は、古さと新しさが共存した魅力的な都市である。

たとえば、林立した高層ビル群の間に、胡同(ふーとん・Hútóng)と呼ばれる古めかしい通りが残っていたり、京劇と呼ばれる昔ながらの演劇があれば、先進的な活劇もある。また、おしゃれな酒場もあれば、庶民的なお茶館もある。

唯一残念なことは、気候が良くないこと。春は砂埃が街に充満し、夏は酷暑、冬は寒波が押し寄せる。すごし易いのは、秋のわずかな期間だけであり、他の季節が厳しい分、澄み渡る青空が格別に心地よい。

北京人の性格傾向

元、明、清の首都として、ながらく皇帝のお膝元であった北京は、他の地域にはない恵まれた環境と歴史を有しており、地元で育った北京人に優越感をあたえている。北京の文化に精通した地元のおじさんやおばさんの物言いやふるまいの中には、悠揚な楽観さと人情が垣間見られる。彼らは、教養があり礼をわきまえているが、白黒もはっきりさせる。寛容で人づきあいが良いが、率直で真っすぐである。強い社会意識が日々の生活の中に根付いている。昔の北京人は、人を大切にし、徳を尊び、礼儀正しいと言われていたが、急速な近代化により、伝統的な気質は、日に日に衰えている。

北京人の全体的な印象は、国家の首都に住んでるだけあって経験豊かで広い知識を持っているということ。役人文化の影響を受けており、別の言い方をすると、昔の官僚子弟の遺風に今なおひたっているとも言える。

ながらく役人の観点をもち、常に見晴らしのきく有利な地勢で暮らしていたため、世の中なんとかなるといった人生観を持っている。ビジネスでは、公平、公正でルールを守る。道理を大切にし仕事をきちんとする。義理堅く友達との間では腹黒いことは一切しない。信頼関係を結んだ人には自身の損得をかえりみず喜んで手を差し伸べる。正義感がある。

高所から世の中を見ながら、合従連衡を繰り返してきた伝統的な北京人は、自分達は中央の人であると常に思っており、とりわけ地方から来た人の前では、部長が課長に対するかのように居丈高になる。

言行はどちらかというと不遜で、口先ばかりでペラペラ喋りいい加減なことを言う場合がある。北京人は、何をするにも“大”の字をつけたがる。これは北京人の普遍的な特性である。彼らの生活ではの心持ちが常にあり、説話(話をする)、講道理(道理を説く)、討論問題(問題を討論する)と何でも“大”の字を付けたがる。おしゃべりでさえ、侃大山(kǎn dà shān)といって“大”の字が入り、お茶を飲む時も、北京大椀茶といってどんぶりのお椀で飲む。

北京人は小規模に細々やる仕事に対してあまり興味を示さない。大款(大金持ち)で大椀(有名になる)になることに憧れており、最高は大官(高級官僚)になること。中国では「北京に行けば自分の小ささがよく分かる(不到北京不知道自己官小)」と言ったりもする。

北京は、お役所文化、インテリ文化、庶民文化が、多層に共生しており、現代文化と伝統文化が平和共存している。

日本人が北京にいくと、語尾を巻き舌にする独特のアクセントで大声でわめく北京の人に驚かされる。しかし、彼らにとっては、それが普通であり、互いにいざこざなく仲良く暮らしている。

目次に戻る

②東北人(黒竜江省,吉林省,遼寧省)の気質

東北地域(黒竜江省,吉林省,遼寧省)について

黒竜江省(こくりゅうこうしょう・Hēilóngjiāng Shěng)の省都はハルビン市、常住人口は2016年末時点3,799万人。吉林省(きつりんしょう・Jílín Shěng)の省都は、長春市。常住人口は、2016年末時点2,733万人。遼寧省(りょうねいしょう・Liáoníng shĕng)の省都は、瀋陽市、他都市として大連市も有名。常住人口は、2016年末時点4,377万人。東北地域の産業は、原材料や資源系が多い。

東北人の性格傾向

東北人は、英雄を崇拝し、勇敢さ、力強さ、勤労の人柄に対して親しみを感じる。狩猟民族としての本性が、商業文明の現代において形を変えて東北人に息づいている。東北人は横暴なところがあるが機敏でもある。とことん勝つまで戦うという野生のトラよりも勇猛な面をもっている一方で、柔らかでしなやか硬骨漢(こうこつかん)精神を持っているいる。東北人は、功を立て、事業を起こし、名をあげる思いが他の地域の人にで比べて強い。

東北のギャングは、強盗殺人を行う凶悪性がある一方で義侠心にも富んでおり忠義をもって敵に抗う一面がある。喧嘩をするとき東北人は、必ず手近な武器を探す。その場にレンガがある時は、決して土塊をつかまない。鉄の棒があれば、決して木の棒を選ばない。攻撃する場所もダメージを与えることができる所を狙う。もし顔を殴れるのであれば決してお尻を攻撃しない。もし、みぞおちを殴れるのであれば、決して足を攻撃しない。

また、もう一つの特徴としては、親切で太っ腹で男気があるということである。東北では仲の良い人に対して『お金の話はしないでください。いったんお金の話が出ると関係が遠くなってしまいます。』といったりする。中国の歌手雪村の歌、『東北人はみんな雷鋒の話をする』が東北人の一面を表している。YOUTUBEに彼の歌がでている。中国語が分からなくても画像だけで見ても面白い。

東北人は『戦では度胸があるが、商売では臆病』と言われる。これは東北の自営業者が、中国南部の自営業者に比べて商売上の度胸で差があることを意味している。東北の自営業者の多くは、小資本の経営で、小さいビジネスをしながら自分たちが食べていければそれで良いと考える。あまりリスクを取らず無謀な理想や抱負は抱かない。このことから東北の自営業者は、他の地域に比べて大金持ちが少ないと言われる。反対に中国南部の自営業者は、小資本で小さく事業を始めるが徐々に大きく展開していく。ある規模になったら自社ブランド製品を作り、中国全土に販売し、チャンスがあれば国外まで販路を広げる。もし、中国南部の人と東北人が同じタイミングで起業したら、東北人は、あっという間に置いていかれる。これは東北人がいつも感じる事である。

目次に戻る

③山東人の気質

山東省について

山東省(さんとうしょう・Shāndōng Shěng)の省都は済南市、常住人口は、2016年末時点9,946万人で広東省に注ぐ中国第二位の人口を有している。GDPは2017年の推定値で7兆2,678億元(約125兆日本円)中国第三位。春秋時代の思想家であり儒家の始祖である孔子は、山東省南部(魯国)の出身。泰山は道教の聖地である五岳のひとつとして有名。

山東人の性格傾向

山東人は、忠実そして率直である。外見は、少し粗っぽいが内面は、優秀で義理堅い。孔子の出身地として儒教文化の薫陶を受けており人間関係では、上下関係を重んじる。仕事では、上層部に取り入って目的を達するのがうまい。山東人は、地元意識が強く故郷に対し誇りを持っており、どこにいてもすぐに同郷人を見分ける。

山東人と商談した人は「山東人は率直で寛容、質素で飾り気がなく、誠意がありサッパリしている。」と言う人が多い。山東省の人は、自分の考えを持っているが、少し機知に欠けるとも言われる。商売の才能はあるが決して精通しているわけではない、教養はあるが口下手である。

山東人はお酒が強い。東北人とウイグル人がいるので天下一とは言えないが、その豪快な酒の飲み方は底なしの酒飲みである東北人やウイグル人に引けを取らない。

山東人の文化を語るときは、孔子と切り離せない。孔子は、人間には忠義信勇が必要であると説いており、山東人は、男気や義侠心があり豪胆な英雄豪傑をたくさん輩出している。また、お年寄りに対しても優しい。

山東人は、「苦労の一族」と言われており中国の中で最も苦労に耐えて働ける。しかし冒険はあまりしたがらない。外に出て金の米粒を探すよりも、家の中で煎餅を食べる方を好む。

山東省は歴史上の有名な政治家、思想家、軍事家、芸術家が多い。特に春秋時代(紀元前770年から紀元前403年)においては、斉の恒公(かんこう)、思想家であり儒家の始祖である孔子、兵法書で有名な孫子(=孫武)などを輩出している。孫子と並んで兵家の代表的人物である呉起(ごき)、孫臏(そんピン)も山東出身である。

ところが商業の世界では、約2000年間、大商人や大実業家は意外にもほとんど出ていない。これは儒教文化による長期間の束縛と山東経済が長らく帝国列強の支配下に置かれたことが原因と言われている。

伝統的な観念により山東人は、商売をして金持ちになることは道徳に背く恥ずきことであると考えるひとが多かった。しかし、世の中が変わり、現在の山東人は自ら歴史を作り変えている。青島ビール、ハイアールなど世界的な企業が生まれ、山東経済を牽引している。今や中国の優良企業の4分の1は山東省の会社と言われている。山東人は、商売においても胆力と見識があり勇敢な精神を持っていると言える。

目次に戻る

④河南人の気質

河南省について

河南省(かなんしょう・Hénán Shěng)の省都は鄭州市(ていしゅう・Zhèngzhōu)、常住人口は、2016年末時点で9,532万人。河南とは、黄河の南側という意味。広東省、山東省に続き中国で3番目に人口が多い。
嵩山(すうざん・Sōng Shān)には、その名が天下に知れ渡っている少林寺がある。開封市(かいほう・Kāifēng)は、かつての都としての風格を失ってしまったが、洛陽牡丹の名声は、当時の河南人の風情を今に伝えいる。

河南人の性格傾向

古代において中国といえば中原を意味していた。そして中原といえば河南であった。中国人が自分のルーツをたどると、ほとんどの人が最後に河南に行きつく。河南を中心とする黄河流域は、中国人の母であり、中国民族の揺りかごである。

農業が中心だった河南は、古くから農耕経済が発達していた。昔は、農耕を重視し商売をさげすむ傾向が強かった。自給自足の小農生活は、古風で質朴、温厚で親切な田舎の情をはぐくんだ。しかし、違う見方を変えると古いしきたりに固執し、封鎖的な保守的意識が強いともいえる。

経済発展により、今の河南人は、古くさい小農意識が少しずつ無くなっている。若者は、小さな土地と一頭の牛だけの暮らしを嫌がり、奥さんは、小さな子供とオンドル(床下暖房)だけの生活では満足しない。今の河南人は、積極的に市場競争に参加している。

河南人の生活習慣は、昔から質素で有名だ。これまで河南人は「住みやすさと実用性」を重視してきた。土のかまど、草屋、石板房(石板を積み重ねて作った部屋や壁)、天井窟院(穴を掘って作った住居)など河南地方独特の居住施設が今もたくさん残っている。

飲食については、特に気を付けており、白米と小麦粉は倹約し、トウモロコシや高粱(コウリャン)などの雑穀を細々と食べる。衣服は、経済的に長持ちをするものを重視する。80年代以降、河南人の性格習慣は大きく変わった。とくに衣食住方面での変化が激しく快適で全てに行き届いた生活を求め始めている。

河南人は、礼儀を重んじる。日常の挨拶に限らず、送迎、貸し借り、お祝い行事、お産、結婚式、お年寄りの誕生日、お葬式の時などは、礼節と身なりにとても気を配る。知識があり礼節を知っっている者は尊敬されており、『礼多人不怪(礼儀がある人におかしな人はいない)』という諺(ことわざ)がある。

礼節をもって人に接する態度は、物事を分かっていることが必要である。このことは、逆に礼節をわきまえない人には対しては排他的になるという一面があることを意味している。

河南省は中原の人材が集まる場所であり昔から知識人が多い。省都である鄭州市(ていしゅうし)の全景は、風砂で見ることができないが、黄河の畔のこの都市は、緑豊かで昔から商業が発達しており中国内陸の交通とビジネスの要所となっている。このことは河南人が仕事ができることを意味している。

目次に戻る

⑤上海人の気質

上海市について

上海(しゃんはい・Shànghǎi)は、世界有数の都市であり中国の商業・金融・工業・交通の中心地の一つである。常住人口は2016年末時点で2,519万人。2017年度の上海市のGDP推定値は、3兆133億元(約52兆円)、住民の平均可処分所得は年1,013,000円もある。

上海人の性格傾向

『綿密にそろばんをはじき、頭がきれる。』これは上海人がみなが備え持っている優れたところである。上海人の頭の良さは、日常生活でも反映され、常に利益を得ることを考え、一旦手に入れた権益、利益は守りぬく。自分が得るべきものに対しては少しも譲らず生まれつき気前が良いふりができないが、垢ぬけており気楽に生きている。卓越した人物をあがめる傾向が強い。独特の風格があり世俗と対等にふるまう大胆さと鋭さを持っているが、その反面細かいことを気にかけびくびくする。

上海人は、頭がキレて要領が良く現実的と言われる。ビジネスにおいて上海商人は業務に精通している。物を見る目があるだけでなく、理詰めで争うことが堪能である。上海人からお金を稼ぐことは簡単ではなく。その聡明さは上海商人の人格の一部として体に染みついている。

上海人がおごっている事は周知のことである。この上海人の自惚れは、計画経済の時代から中国の工業発達に貢献し屈指の地位であったことに起因する。自己が優れてるという感覚のなかで上海人は、外地の人を見下しており地方出身者を『郷下人(田舎者)』と呼ぶ。彼らにとって上海人だけが都会人であり、流ちょうな上海語を話せることは、租界時代に領事から免除権を得たようなもの、現代に言い換えるとゴールドカードを持って特別優遇を受けるようなものである。上海人はその身分を誇りにしており、上海を離れたくない、いわゆる「恋上海癖」が上海人の心理的な特徴の一つといえる。

目次に戻る

⑥広東人の気質

広東省について

広東省(かんとんしょう・Guǎngdōng Shěng)は、珠江(しゅこう・Zhūjiāng)流域の華南地域に属している。省都は、広州市(こうしゅう・Guăngzhōu)。広東省の常住人口は、2016年末時点10,999万人で中国のトップ。ちなみに日本の人口は、12,659万人(平成30年1月1日現在の総務省概算値)である。省というより一つの国家並みの人口がある。モノ作りで世界から注目される深圳市(しんせん・Shēnzhèn)も広東省にある。近代民主革命の発生地そして西洋文明と東洋文明の交差点であり、改革解放の先頭となった足がかりの地でもある。

広東人の性格傾向

広東省の原住民の容姿は、マレーシア系の特徴を強く受けている。広東人は海洋族であり活気と活力に富み、冒険的であり創造的。広東人は食べるのが好きだが身なりは気にしない。お茶はよく飲むがお酒はあまり飲まない。仕事はよくできるが話しはあまり上手くない。自主性が高く地域への帰属意識は強い。自分の生き方を持っていて自分の小さな世界に浸っているのが好き。

広東人を一文字であらわすと『財』である。

広東人の最大の特徴は、苦しみに耐え着実に仕事をすることである。広東では皆いつもあくせくしており、生計を立てるため、お金を稼ぐために忙しくしている。
お金のためなら、広東人は全てを犠牲にし苦労を厭わない。「忙しい」ということは、広東人の特徴であり広東商人たちの突出した資質である。

広東商人は東奔西走の毎日である。行きも帰りも慌ただしく彼らは1分たりとも無駄にしない。中国北部の人達は考えてから動き出すが、広東人はまず動きその後考える
重視するのは効率、利益そして価値で、形式や外見はあまり気にしない。現実的で口先だけの理論には興味がなく、哲学、人生、政治などの非現実的な話に時間を割く事に興味がない。

食は成都(四川省の省都)にあるとも広州(広東省の省都)にあるとも言いますが、どちらにしてもそれなりの理由がある。四川省の成都は、いたるところに食べ物屋があって、食べ物のバラエティが豊富で見た目も良い。一方、広東の食は少し粗野である。広東人は、食蛇民族、蛇からネズミ、猿から虫まで、食べられるものは何でも食べるワイルドさを持っている。

このワイルドさは広東人独自のものであり、正統文化に縛られ創造力を失っていった他省の地域に対し、何事も恐れずに思い切ってことを行う不屈の精神を育んだ。とくに近代に入ってからは、歴史と地理の原因で、中国で最も早く開放された地域となり、その思想も他の地域と大きく異なっている。他地域では役人をあがめ”関係”を重視しますが、広東人は商売をあがめ”能力や才能”を重視する。

広東人は革新的な精神を持っており、新しい主張を唱え異なった意見を表明するのが好きである。アヘン戦争から戊辰改革まで、国民党の北伐から改革開放まで、中国の近代に大きな影響を与えた出来事は、広東人によって始まった。中国近代のあらゆる西洋の学問や物はほとんど全て広東人がまず最初に試してきた。大きな時代の流れの中で広東は思想家の揺りかごと呼ばれており、近代中国に大きな影響を与えた。

中国の政治家、革命家であり、中国革命の父である孫中山(孫文)も広東人である。人文の伝統により広東商人は世界の先頭に立つ気概を持っている。歴史書によると広東商人は唐(西暦618年-907年)の頃から海外で商売を行っており、世界に広がった広東商人は華僑と呼ばれるようになった。ちなみに海南人、香港、マカオ(澳門)の多くの人は、広東から移り住んだ人である。ルーツが同じなので彼らの性格も多くの点で広東人と似ている。

目次に戻る

⑦福建人の気質

福建省について

福建省(ふっけんしょう・Fújiàn Shěng)は、中国大陸南東に位置し北回帰線に近いため亜熱帯気候に属している。省都は、福州市(ふくしゅう・ Fúzhōu)。常住人口は、2016年末時点で3,874万人。

福建人の性格傾向

福建人は、「門里一条虫、門外一条龍(家では虫だが、外では龍になる)」と言われており、福建人の底力は、とても深いものがある。独立心が強く、言葉少ないが実行力がある。コツコツ仕事をし商売のためには進んで異境の地を渡り歩く。外の世界では、同郷人で団結するだけでなく徒党を組んで移動し、高い戦闘力でたくさんの収穫物を得る。フラフラしているように見えても、群れからはぐれた血に飢えた狼のように荒く強靭な精神を持っている。

福建省に莆田市(ほでん・Pútián)に忠門鎮と呼ばれる約30万人程の小さな町があり住人の多くは、木材商売のため故郷を離れ中国全土の各港町に散らばり同郷人ネットワークを構築し木材市場で非常に強いと言われている。

住みなれた故郷を離れ発展をはかることは福建人の伝統習慣である。福建籍の華僑、華人は全世界160カ国以上に分散し、その数は1000万人以上と言われる。福建省は人口移動が頻繁で、宋代(西暦960年-1279年)以前は中国北部の人達が大量に福建省に移住。宋代以降は福建から大量の人が海外や台湾への移っていった。世界の華僑や台湾人の多くは福建省に先祖のルーツがある。

福建人が故郷を離れることは地理環境と関係がる。福建の地理は、「八山一水一分田(8の山と1の水と1の田)」と呼ばれており、山が多く耕地が少ない地に住む福建人は、重苦しい山を捨てて海の向こうに安堵の地を求めるようになった。

亜熱帯気候でありながら福建人の性格は情熱的とは言えない。剛毅な山の性格と自由奔放な海の性格を備えている。勤勉で苦労を厭わず、冒険を好み適応能力が早い、世の中を渡り歩くのが好きで、商売にたけている。福建人は勉強が得意で読書は一流。中国科学院の院士には福建出身者が多い。

福建人は、冒険精神は、長い間、知力と勇気を持って闘ってきたことが影響している。福建省に多く住んでいる漢民族の一派、閩南民系(びんなんみんけい)の人はビジネスでは有名で、東南アジアの華僑の多くもこれに属する。商人の素質とビジネス精神の角度から見ると閩南人(びんなんじん・Mǐnnán rén)は中国で最も優秀である。外の世界に出て商業に従事することが閩南人の最も良い職業選択で、子供の頃から祖父や父親が外の世界で商売でしている姿を見ながら育っている。閩南に限らず、福清、長楽、平潭などの沿海地区は、古来から洋行を崇めている。閩南人の間では有名な古い歌《爱拼才会赢》では、命がけでやれば最後には勝つと言う精神を歌っている。“拼(懸命)と“赢”(勝利)の二つの字は、閩南の勇敢な開拓精神を表している。

目次に戻る

⑧河北人の気質

河北省について

河北省(かほくしょう・Héběi Shěng)の省都は石家荘市。河北の省名は、黄河の北にあることに由来する。常住人口は2016年末時点で7,470万人。中国最大の穀物、綿花の生産地であり、代表的な穀物として小麦、トウモロコシ、高粱、イモがある。麻、タバコ、食用油の原料となる落花生やヒマワリの栽培も盛ん。工業面では石炭業が有名。

河北人の性格傾向

質朴な人柄で有名な河北人は、一見、風采が上がらないようであるが、礼儀をわきまえ真面目で飾り気がない。実際に善良な河北人は、家では骨身を惜しまずに働き簡素に暮らし、外では苦労を厭わず働き恨みごとを言われても気にかけない。人や世の中に対して誠実で情熱を持って接しするため、温厚で飾りっ気がなく素直な印象を与える。

河北人は根源を固守し、何事もしきたりどおりにやるのが好きであり、貧困でも安らかに暮らしをする。過激な進取意識や冒険精神はなく、平穏な生活があれば満足する。

とはいうもの、河北省は他の省とことなり統一的な特徴が薄い地域であり地域によって人の性質が大きく異なる。特徴がバラバラな河北省の人たちを一つの性格として描写するのは難しい。

具体例を言うと、

張家口市(ちょうかこう・Zhāngjiākŏu)の人は、質素で真面目であるがモンゴル人のように勇敢。滄州市(そうしゅう・Cāngzhoū )の人は、山東人のように太っ腹でさっぱり。廊坊市(ろうぼう・Lángfáng)の人は、北京と天津の影響を受けて、そつがなく、つっけんどんな所がある。邯鄲市(かんたん・Hándān)の人は、河北省の南であり、山西省、山東省、河南省の省境でもあるため、おおよそ4省の特性を備えている。

特に河北省の省都である石家荘(せっかそう・Shíjiāzhuāng)は、近代の経済発展における特例場所の一つであり、もとから石家荘に住んでいた人は半分に満たなず、ほとんどの住民は他の省や市から新興都市である石家荘に移住して来た移住者である。石家荘はおとぎ話のように急激に発展したため、中国のあらゆる都市の中で最も歴史が短い都市である。

河北省のGDPは全国で上位であるが、個人の平均収入は最低レベルであり、個人経済としては豊かな省とは言えない。河北省の発展が多少に比べて思わしくないのは、地理的要素のほか、政策要因も大きいといわれている。隣接している中国の首都北京に何かにつけて協力させられており、北京の電気がなくなると河北省の電気が制限されたり、汚染問題が激しい時は河北省から北京への交通に制限がかかったりする。このことは河北省の悩みの種である。

目次に戻る

⑨江蘇人と浙江人の気質

江蘇省と浙江省について

江蘇省(こうそしょう・Jiāngsū Shěng)は、中国の東部、長江の河口域にあり北部には淮河(わいが・Huái Hé)が流れている。省都は、南京市(なんきん・Nánjīng)で、常住人口は、2016年末時点で7,998万人。
浙江省(せっこうしょう・Zhèjiāng Shěng)は、江蘇省の南側に位置している。省域面積の3分の1にもおよぶ銭塘江(せんとうこう・Qiántáng Jiāng)と呼ばれる河が流れており曲折が多いため浙江とよばれるようになった。省都は、杭州市(こうしゅうし・Hángzhōu)。常住人口は、2016年末時点で5,590万人。

江蘇省と浙江省は、春秋戦国時代にそれぞれ呉、越と呼ばれていた。燕趙尚武、呉越尚文という言葉にあるように、中国北部の燕(今の北京付近)や趙(山西省と河北省の一部)が武を尊ぶのにたいし、呉越は、文を尊ぶといわれている。このような性質は、地域環境が影響しており、水と共に生きてきた江蘇省や浙江省の人たちは、利口さや知恵を重視する傾向が強い。この一帯では、すぐれた文豪、学者、商人などを多数輩出した。日本でも有名な中国の文学者、魯迅(ろじん)は、浙江省紹興市出身である。

浙江人の性格傾向

浙江省は、魚や米が良く取れる肥沃な土地だが人が多く土地が少ないため、常に激しい生存競争に晒られている。そのため浙江人は、外の世界で商売をする人が多く、中でも温州市の人は、天下に知れ渡っている。過酷な競争のなかで浙江人は、生き抜く為の生存能力を身に付けており、自らの腕一本で世界中を飛び回り商売をする。日雇いなどのその日暮らしの職業には、浙江省の人が多くみられる。浙江人は、頭を働かせるのが上手で、すばらしい腕前をもった職人さんをよく目にする。楽には生きれない浙江省だが、意外にもホームレスは、あまり見かけない。

浙江商人は、頭の回転が速くて要領が良いことで有名。中国ビジネス界では、浙江商人はやり手と言われている。ちなみにアリババ(Alibaba)グループの創設者であるジャック・マー(馬雲)氏は浙江省杭州市出身。

江蘇人の性格傾向

江蘇省は、人口が多くて物産が豊かと思われているが、実際に魚や米が豊富なのは、江蘇省の南部(蘇南)だけである。蘇南の面積は、北部(蘇北)の3分の1しかないが、経済力では蘇北よりはるかに上である。蘇南の人と浙江人の共通するところは、頭の回転がはやく、商売や財テクが一般人よりも優れていること。

中国の歴史上で優秀な人物の相当数が蘇錫常と呼ばれる蘇州、無錫、常州から出ている。蘇南人の代表は、蘇州市(そしゅう・Sūzhōu)の人である。人情に通じ世故(せこ)にたけており、計算に精通している。しかし、細かく考えすぎるため、意気地がない性格に見えることがある。

蘇南に比べ、蘇北の経済は少し立ち遅れている。歴史上、蘇北はしばしば淮河(長江・黄河に次ぐ第三の大河)の氾濫があり、その度に被災者が蘇南に職を求めに行き、肉体労働者や荒仕事引き受けることが多かった。異郷の地で生き残るために蘇北の人は互いに団結しやがて派閥が出来た。このことは蘇南の人たちから快く思われていない。蘇北は、水害が多いけれども肥沃な土地がおおく、人文科学が発達している。特に揚州市(ようしゅう・Yáng zhoū)一帯は古くから文人や秀才がおおく、蘇南にひけをとらない。ちなみに、第5代国家主席の江沢民(こうたくみん)は、江蘇省揚州市出身である。

目次に戻る

参考資料:百度文庫『中国各个地方人性格特点』より