最近、若者の間では、ラップが流行しております。ライム(Rhyme)、フロウ(Flow)、パンチライン(Punchline)と呼ばれる技法で、韻を踏んだり、風刺を織り交ぜて、リズミカルに歌う姿は、見ていて楽しいものです。ラップは1970年代初頭、アメリカで発祥しましたが、それより遥か以前に中国でも言葉の技法を競った歌がありました。それは中国の古い詩である漢詩です。今回は、この漢詩のスタイルや特徴、技法、そして代表的な詩を中国語朗読音源付きで紹介いたします。

漢詩のスタイル

漢詩は、中国の古代からある漢字で書かれた詩であり、さまざまなスタイル(形式)が存在します。

古体詩(こたいし)

古体詩(こたいし)は、中国の古い詩のことで「古詩」「古風」とも呼ばれています。その始まりは、春秋戦国時代(紀元前770年~紀元前221年)まで遡ります。古体詩には、定まった型がありません。また、字数や句数、韻の踏み方などの制約もゆるく、作者にとって表現の自由度があります。

古体詩は、もともと民間の間で流行していた詩でしたが、漢(紀元前202年~220年)の時代に王朝の音楽機関が収集して装飾を施し五言詩と呼ばれるスタイルなどが生み出されました。

代表的な古体詩

蒹葭 (けんか)は、古代中国初の総合詩集『詩経』に収められた古体詩の一つです。かつてこの詩は、周の儀式で国を固めることができなかった秦の襄公を揶揄するため、あるいは隠遁した賢者を採用できなかったことを嘆きを表現するために作られた考えられていました。

現代の研究者の間では、この詩は愛する人を追い求めながらも果たせないことの憂鬱と苦渋を歌った恋の歌だと解釈されております。同じような内容の句を繰り返して使う事で、思い募っている人に会えないもどかしさを表現しています。

豆知識

蒹葭 (けんか)は、水辺に生えるイネ科の多年草です。

近体詩(きんたいし)

中国文明の黄金時代である唐の時代(618年~907年)に漢詩は大きく発展し、詩の形や音の美しさを更に追い求めるようになり、近体詩という新しいスタイルが生まれました。

前述の古体詩に対し、近体詩は一句の字数や一首の句数だけでなく、対句や韻の踏み方、漢字の音についても厳格なルールが定められており、中国語で朗読するとその整ったテンポを感じ取ることができます。以降、近体詩について解説していきます。

漢詩(近体詩)の代表的なスタイル

漢詩(近体詩)には、あらかじめ決められたスタイル(定型)があり、その型に合わせた文字数で詩を作ります。代表的なスタイルは、五言絶句、七言絶句、五言律詩、七言律詩の4種類です。

①五言絶句(ごごんぜっく)

1句が5文字で四句構成、計20文字の短い詩です。簡潔でありながら、自然の美しさや人間の感情、人生の哲理などを表現することが多く、日本や中国で古くから親しまれている形式です。

四つの句には、それぞれ名前があり、第1句を起句・第2句を承句・第3句を転句・第4句を結句と呼びます。偶数句(第2句の承句と第4句の結句)の最後の文字が韻を踏むため、同じ音の響きです。これにより詩全体のリズムを良くする効果があります。

豆知識

絶句の「絶」には、断つ・制止する・尽きる・完了するという意味があります。句が短く断たれて終わっている詩という意味で絶句と呼ばれます。

②七言絶句(しちごんぜっく)

1句が7文字で四句構成、計28文字の詩です。前述の五言絶句よりも長く、自然、人生、情愛、歴史的事件など、広範なテーマが詠まれることが一般的です。短い形式の中で感情や情景を凝縮して表現する技法が求められます。

五言絶句同様、四つの句は、それぞれ起句・承句・転句・結句と呼ばれており、偶数句(第2句の承句と第4句の結句)の最後の文字が韻を踏むため、同じ音の響きです。※第1句の起句も韻をふむことがあります。

③五言律詩(ごごんりっし)

1句が5文字で八句構成、計40文字の詩です。平仄や押韻の規則が厳格に守られ、美しい調和が求められます。学校で習った「国破れて山河在り・・・・」は、五言律詩です。

五言律詩は、平仄(へいそく)と呼ばれる音の高低とリズムがあります。平仄には、「平声」(低く長く発音する)と「仄声」(高く短く発音する)があり、パターンにより音の配置が厳密に決められています。これにより詩に一定のリズムと調和を持たせることができます。

また、偶数句(第二句、第四句、第六句、第八句)の句末で同じ韻を踏む必要があります。これは詩全体にリズムを与え、詩の美しさを増す役割を果たします。

通常、第三・四句と第五・六句は、語格や表現形式が同じまたは似た2つの句を相対的に並べる対句とし、詩全体に対照や強調の効果を与えます。

自然の風景、離別の情、人生の感慨など、五言律詩のテーマは多岐にわたります。詩人は限られた文字数と厳しいルールの中で、豊かな感情表現や情景描写を行います。五言律詩は、言葉選びが重要であり、深い意味や感情を凝縮して表現する技術が求められます。

豆知識

律詩の「律」は、詩形に厳密な規則(規律)があることに由来しています。

④七言律詩(しちごんりっし)

1句が7文字で八句構成、計56文字の詩です。偶数句(第二句、第四句、第六句、第八句)の句末で同じ韻を踏む必要があり、詩の統一感と美しさを強調します。また、五言律詩と同じく、第三・四句と第五・六句は、対句となり、内容的にも形式的にも対になるように構成されます。

七言律詩のテーマは多岐にわたります。自然の風景、季節の移り変わり、人生の感慨、友情や別離など、詩人たちは多様なテーマを扱い、豊かな表現をしています。七言律詩は、五言律詩に比べて一行あたりの文字数が多いため、詳細な描写や複雑な感情表現が可能です。

漢詩の鑑賞(スタイル別)

代表的な古体詩や近体詩の五言絶句、七言絶句、五言律詩、七言律詩を掲載しました。それぞれに中国語の朗読音声も付けておりますの韻を含んだリズム感を聞くことができます。

五言絶句の有名な詩

唐代の詩人・王之涣(おうしかん)によって書かれた有名な五言絶句の詩です。この詩は、中国の唐代の詩の中でも特に有名な作品の一つであり、雄大な景色の中に広がる詩情と、人生の哲理を詠んでいます。

鸛雀楼は、黄河のほとりに建てられた高い楼閣で、詩人がこの楼から遠くの景色を見渡して感じた感慨を表現しています。壮大な景色を描き、人生においても広い視野を持つことの重要性を説いています。尚、第二句の「流(Liu)」と第四句の楼(Lou)が韻を踏んでいます。

七言絶句の有名な詩

「山中問答」は、李白が作った七言絶句です。李白は、「詩仙」と称されるほど優れた詩人であり、彼の詩には自然賛美や隠遁生活への憧れ、自由な精神がよく表れています。

この詩は、李白が山中での生活における幸福感と、自然との調和を楽しんでいる様子を描いた詩です。詩の中で李白は、世俗の生活から離れ、自然の中で得られる心の平静さと自由を讃えています。彼の微笑みは、答えるまでもないほどの満足と、世間の喧騒から離れた生活の喜びを象徴しています。

この詩は、李白の隠遁志向や自然愛が表現されており、彼が理想とする生き方が感じられます。また、桃花や流水の描写を通じて、李白が自然の美しさや永遠性に感動していることが伝わってきます。この詩は、現実の苦しみや社会の煩わしさから解放され、もっと深い、自然と一体化した生き方を追求するという、李白の思想を反映しています。

李白の「山中問答」は、彼の詩の中でも特に人気のある作品であり、隠者としての心境や自然への賛美が洗練された形で表現されています。この詩は、現代でも多くの人々に愛され、自然との調和を求める人々の心に響き続けています。

人里離れた山中での生活は、傍から見れば、寂しく大変そうに見えますが、実際に俗世の煩わしさから解放され、自然に身をゆだねて暮らしてみれば、意外と楽園なのかもしれません。

五言律詩の有名な詩

唐代の詩人・杜甫(とほ)の代表的な七言絶句の一つです。この詩は、安史の乱(755年-763年)という大規模な反乱が中国全土を揺るがしていた時期に書かれました。

杜甫はこの詩において、故国の崩壊を嘆き、平和な時代への切実な願いを込めています。詩中に登場する「山河」や「草木」は変わらないものの象徴であり、それに対して「国破」「城春」「花濺涙」「鳥驚心」は、乱世の悲しみと個人の感情を表現しています。

この詩は、杜甫の強い愛国心と人間性、そして深い感受性を示す作品です。戦乱の中での人々の苦しみや、自分自身の孤独と悲しみを背景にしたこの詩は、当時の人々の心に深く響き、今日でも多くの人に愛され続けています。

七言律詩の有名な詩

「遊山西村」(ゆうさんさいそん)は、宋代の詩人・陸游(りくゆう)によって書かれた七言絶句の詩です。陸游は中国の南宋時代を代表する詩人であり、彼の作品は愛国心や自然を愛する心、また庶民の生活への理解を描くものが多いことで知られています。

この詩は、陸游が農村を散策する中で、自然の美しさと農民たちの素朴な生活に触れた経験を詠んだものです。詩全体を通じて、自然と人間生活の調和が強調されており、特に農民のもてなしの心の温かさが印象的です。

また、詩の後半では、困難な道のりの先に新たな発見があるという象徴的な意味が込められています。これは、日常の生活や人生における困難に対する態度としても解釈できます。どんなに道が険しくても、前に進むことで新しい景色や希望が見えてくるという考えです。

この詩は、素朴でありながら深い哲学的な意味を持ち、陸游の自然に対する愛情と人間社会の美しさを称賛する心が込められています。陸游の詩風は、自然と人間の生活の調和を美しく表現し、当時の人々にも親しまれました。「遊山西村」は、そんな陸游の詩の中でも特に人気があり、自然の美しさと人間の善良さを見事に融合させた作品です。

まとめ

漢詩は、音数律、韻、対句、定型という要素を持ち、絶句と律詩という代表的な形式に分かれます。絶句は四句構成でシンプルな美しさを持ち、律詩は八句構成で複雑な対句と韻の配置が特徴です。これらの形式は、詩人が心情や景色を表現するための枠組みとして機能し、古代中国の詩歌の美学を今に伝えています。